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世界アルツハイマーデー特集 シンポジウム「英国・認知症ケア最前線」 基調講演 ヒューゴ・デ・ウアール博士

2018年9月25日


9月21日は、国際アルツハイマー病協会と世界保健機関(WHO)が制定した「世界アルツハイマーデー」。アルツハイマー病の正しい知識の啓発をするこの日を前に、認知症予防財団と毎日新聞社が、英国ハマートンコート認知症ケア・アカデミー施設長のヒューゴ・デ・ウアール博士をゲストに招いて開いたシンポジウム「英国・認知症ケア最前線―ヒューゴ博士に聞く」の内容から、最新の認知症ケア事情と日本と英国の課題について報告する。

 

◇地域の力で入院患者減らす

 

英国は認知症対策の国家戦略を定め、2013年には日本を含む主要8カ国(G8)の厚生労働相やWHOなどの関係者による認知症サミットを開催し、認知症対策の国際的連携を呼びかけている認知症対策先進国だ。そこで認知症ケアの基準として定められているのが「パーソン・センタード・ケア(PCC、その人らしさを尊重するケア)」。健康状態や個人史、性格、人間関係など社会心理学的要因にまで踏み込んで、患者の視点や立場を理解して適切なケアを提供する手法で、ウアール博士はその第一人者として知られる。

 

シンポジウムは、認知症をテーマとしたドキュメンタリー映画「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル~最期に死ぬ時。」(関口祐加(ゆか)監督)の公開を記念して来日したウアール博士を招き、認知症予防財団と毎日新聞社が企画し、7月に行われた。第1部はウアール博士の基調講演。第2部は、ウアール博士と吉田啓志・認知症予防財団事務局長、元村有希子・毎日新聞科学環境部長によるトークセッションが展開された。

 

基調講演でウアール博士は、英国の認知症治療の現状やケア・アカデミーについて報告。英東部のノーフォーク州の州都ノーリッチにあるケア・アカデミーについて、「改装前は100年以上の歴史のある44床の古い施設だった。非常に狭い空間で、プライバシーも一切ない、行動する意欲がうせてしまうような、そんな空間だった」と振り返る。09年、約1800万ポンド(約26億円)をかけて、3病棟39床の最先端の施設に改装した。旧施設のころは、入院期間は平均4年で、患者が亡くなるまで入院する形だった。しかし、退院後に患者を理解した上で受け入れてもらうため、入院時から施設のスタッフに病院に来てもらい、「ケアホーム」と呼ばれる介護施設などと連携し、専門家やスタッフ、家族、友人らを交えて数週間から数カ月かけて退院計画を策定した。退院後も分からないことがあれば、病院からスタッフを派遣して対応する「アウトリーチ」という形式に変更。入院期間が4~6カ月に短縮し、退院後うまくいかずに再入院する患者もわずか5%に減ったという。

 

ウアール博士は「重度の認知症患者は増えていくが、病院のキャパは増えない。病院には専門的なスタッフがそろっているので、アウトリーチを進めていこうと考え、『認知症アカデミー』を作った。外部の人たちを受け入れて、プログラムに参加してもらい、見て、経験して、知ってもらうという形の学び場を提供することで、地域全体としてケア力を高めていく」と話す。

 

PCCは1951年に米国の心理学者カール・ロジャースが提唱した「パーソン・センタード・アプローチ」に基づき、英国の心理学者トム・キットウッドが認知症介護に適用した。ウアール博士は「従来、認知症患者を画一的に管理していたものを、患者の人間らしさに着目し、その人自身を知ることによって、どのようなケアが必要なのかという気付きを得ていくこと」と紹介。PCCの手法については、「患者の人生を理解することができればいいが、認知症患者とのコミュニケーションは困難を伴う。それを乗り越えるために、ささいなことでもいいので、家族や親戚から聞き取りを重点的に行う。それで患者がどんな人だったのか、生きてきた世界がどんなものだったのかを知ることができる」と語る。

 

◇認知症ケアは本人理解から

 

PCCで重要な点として「想像力」を挙げる。「想像力を働かせることで、その人の人生がどんなものだったのかを理解し、それに似たような環境を与えることができないか、その人の人生にとって中心的な存在であったものを再現できないか、と考える姿勢が大事」といい、「医師がそのようなことを得意としているかといえば、あまり関心を持たない人が多いようだ」と指摘する。

 

松山市の施設で出会った患者を紹介し、「ある女性がタオルを非常に繊細なたたみ方でたたんでいた。よく聞くと、その方は裕福な家庭に住み込みで働いていて、タオルをたたむことが自分の仕事だった時期があったようだ。タオルをたたむと、施設の人に『私の仕事が終わりました』といって、その後1時間意味のある活動が繰り返される」といい、「まさにPCCが日本でも実践されているといういい例」と話した。さらに認知症の母と向き合った自らの姿を描いた映画「毎日がアルツハイマー」の関口監督を「母親という対象を内から外から理解している人間が、その人のことを考えて行っているという意味で、まさにこれこそがPCCだ」と評価し、「『PCCはどうやるんですか』とよく聞かれるが、『家族の話を聞いてください。家族がやっていることがPCC』と答えることにしている」と語る。

 

さらに「ミュージックミラーズ」というツールも紹介し、「音楽は脳の活性化をうながす。脳の一部がだめになったとしても、音楽で刺激することができる。ミュージックミラーズは、小さなエピソードがあって、それに関連した音楽を挙げてリストにする。例えば、親類が結婚式の時に歌ってくれたというフランク・シナトラの曲とか。それをかけて話しかけると患者の顔が輝く。そのように、患者それぞれにとって重要な音楽のリストがあれば、家族でなくてもそれをきっかけにコミュニケーションが取れる」という。リスト作りは、質問者の質問に答える形で完成させるマニュアルもあり、英国では小学生がお年寄りのところに行って、リストを作るという活動をしている。「小学生もいろんな人生を聞くことができて楽しめて、お年寄りも子どもたちが来てくれて、ワイワイ話ができて楽しめる。いろんな副次効果がある」と話す。

 

最後に、ウアール博士は「医学的には認知症の診断が欠かせない。正しい診断によって、家族は大事な人に何が起きているかが分かる。診断されなければ受けられないサービスもある。認知症と診断されても、そこで人生が終わるのではない。患者が残りの人生をどう生きていくのか、周囲の人とどうかかわっていくか、そこでPCCが重要になってくる」とまとめた。

 

シンポジウム「英国・認知症ケア最前線」トークセッション 比較から見える日英の事情