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<エコノミストTV>ナカヤマ精密 〝三位一体〟の技術力で メイド・イン・ジャパンの復権を

2018年7月27日

日本の高度成長を支えてきた「ものづくり産業」。画期的な新製品を次々に開発し、自動車や家電をはじめ〝メイド・イン・ジャパン〟の製品は、その高い品質・性能で、世界市場を制する抜群の競争力を誇ってきた。だが、長引く景気の低迷と東アジア諸国の台頭などで、競争力の低下が懸念されている。そんな中、熟練した匠の技と最新の設備、ソフトウエアの〝三位一体〟の技術力を追求する「ナカヤマ精密」の中山慎一社長。〝メイド・イン・ジャパン〟の品質にこだわり、次世代のものづくりに懸ける思いを聞いた。
猪狩淳一(毎日新聞ビジネス開発本部委員)

 

◆曲がり角に立つ製造業

 

日本の製造業は、バブル崩壊後の長い景気低迷と行き過ぎた円高、国際的な経済連携への出遅れ、環境規制などの逆風にさらされてきた。さらに中国・韓国などの新興企業の躍進や、製品のコモディティー(一般商品)化の進行で、高い技術に裏打ちされた高品質な製品が激しい価格競争に巻き込まれ、エネルギー価格の高騰や深刻な人手不足などの課題にも直面し、曲がり角に立っている。

 

ナカヤマ精密は1969年、金属線材を製造するための「線引きダイス」の穴の拡大や内面磨きなど超硬合金加工メーカーとして大阪で創業。熟練工の手仕上げにこだわり、スチールや樹脂、セラミックなどさまざまな素材を、ミクロン単位での精度で加工する技術力で、業績を伸ばしてきた。だが、90年代末から始まった未曾有の半導体不況に襲われた。受注は3分の1にまで落ち込み、35人の社員のリストラと製造拠点の熊本県内への集約化を進めざるを得なかった。中山氏は「事業継続も危うい状況で、本当に厳しい判断だった」と振り返る。

 

追い打ちをかけるように2008年のリーマンショックで、再び受注が半分に。中山社長は「一番苦しい時期だったが、その前のリストラを経験していたので、社員が一丸となり、すぐに復旧して乗り越えられた。翌々年には過去最高の売上を達成できた」と振り返る。さらに2016年に熊本地震が起こり、熊本工場がある西原村は震度6弱を記録し、工場の天井は崩落、機械も倒壊する被害を受けた。これも社員や取引先などの支援を受け、余震が続く中でも復旧作業を進めて、約1カ月半後には完全復旧を実現した。

 

◆「日本気質」で危機を乗り越え

 

中山氏はいくつもの危機を乗り越えられた大きな要因に「日本人気質があった」と語る。「余震が続く中、工場の復旧と機械の修復を同時並行して進められた。国内のメーカーさんは多少のリスクがあっても安全を確保しながら取り組んでくれたが、海外メーカーは安全宣言が出るまで作業はできないと断られた」という。自宅が被害を受けた社員も多かったが、中山氏は「3カ月は給料を保障するから会社に出てこなくてもいい」と呼びかけ、一律10万円の義援金を出した。だが、多くの社員は自宅の復旧をしながら工場の復旧にも取り組み、2カ月後にはほぼ全員が出社できた。「日本国内で覚悟して、創業して良かった」と実感したという。

 

そんな経験から、人を大切にする会社づくりというモットーと、メイド・イン・ジャパンへの思いを強めた。「古風かも知れませんが、社員にはナカヤマ精密で働き続けてよかったと思ってもらいたい。愛社精神を持って、永年勤続をして、定年退職まで働き続けていける、そんなスタイルの会社でいたいと思っています」と考えるようになった。「海外進出して、会社そのものは利益が出ても、働いている社員の生活を犠牲にするようではいけない。日本でのものづくりに徹してもらいたい」と語る。

 

◆やすりがけで技術伝承

 

「人を大切にする会社づくり」の具体化の一つに、同社では新入社員への技術の伝承の意味も込めて、「三津家道場」という技術研修を行っている。これは「抜き型」の技能五輪で活躍し、1991年に労働省(現厚生労働省)の「現代の名工」に選ばれ、2005年には黄綬褒章を受章した金属加工の匠・三津家敏幸顧問が、その熟練のやすりがけを伝授するものだ。新入社員は1週間かけて、ひたすら金属ブロックをやすりがけし、100分の1ミリレベルの精度で平面を削り出す。最先端の機械を使っても、ミクロン単位のバリ(不要な突起)が出る。それを取るには手仕上げに頼るしかない。中山氏は「大切さと難しさを身を持って体験してもらう」といい、やすりがけの姿勢を見て、社員の性格を見抜き、配属先を決めていく。

 

この技術に対するこだわりで、自社の技術の粋を尽くして作ったコマで競う「全日本製造業コマ大戦」に挑戦している。2012年の「第2回全日本製造業コマ大戦 九州沖縄予選博多場所」では見事に優勝。直径20ミリの規格に対し、ギリギリの大きさの19・998ミリに仕上げた。審判がコマをチェックする際に、あまりにもギリギリのサイズだったため20ミリのゲージに通すことができなかったが、三津家顧問が正確にゲージにかけると、すっと通ったという。この精度で作ったコマは10分以上も回り続け、摩擦抵抗値を極限までそぎ落とし、回転時間を競い、圧倒的な技術力を証明する単独回転時間部門のランキングでは全国5位に入っている。

 

中山氏は「ここまできれいなものにしなくっても良いんじゃないかと、『過剰品質』でコストが上がって競争力がなくなるじゃないかと批判されることもある。だが、メイド・イン・ジャパンの良さは、そこまでこだわりを作ったものが日本の製品だという自負が必要だ」といい、「日本企業は、中国などに比べもう一段階難易度の高い、ワンランク上のものづくりやっていかないと、世界と競争して生き残れない。最新機器(ハードウエア)とそれを動かすソフトウエア、そして職人の手仕事の技術(ヒューマンウエア)。この三位一体の総合的な技術が競争力の源泉となる」と力を込める。

 

◆「下町ロケット」地で行く

 

同社の現在の主力商品は、半導体関連の電子部品やスマートフォンのカメラモジュールコネクタなど。だが、電子部品は景気動向に左右されやすいため、新たな分野への挑戦を続けている。特に「燃料電池」に注目。中山氏は「いまは電気自動車が話題になっているが、いずれは水素をベースとした燃料電気自動車が主流になる。そこから航空機や船舶などさまざまな分野に広がっていく」と語り、医療、航空そして宇宙分野も視野に入れている。さらに。部品加工から、装置の一貫生産にも取り組み、分析や測定などの検査関係の装置の製造に取り組み、「将来的にはナカヤマ精密のブランドの最終製品を作れるようになりたい」と語る。

 

精密機械の中小企業がその技術を駆使し、大企業と伍して危機を乗り越える姿を描いた小説「下町ロケット」(池井戸潤)。ナカヤマ精密は、まさに下町ロケットを地で行くような企業だ。ものづくりにかける日本企業の〝魂〟でメイド・イン・ジャパンが復権なるか、注目だ。

 

◆私のビジネスアイテム

 

ナカヤマ精密の中山慎一社長がこだわるのはノートパソコン。メイド・イン・ジャパンにこだわりから、パナソニックの「レッツ・ノート」を愛用している。「大阪、東京、熊本、場合によったら海外など出かけることが多いので、このパソコン一つあれば、売上や受注の数字、お客様や社員のメッセージが見られる。メイド・イン・ジャパンのパソコンを持って、メイド・イン・ジャパンのものづくりをしています」と語る。

 

◆プロフィル

 

1960年大阪府生まれ。大学で薬剤師の資格を取得し、製薬会社で5年間MR(営業)を担当。1987年、父が経営するナカヤマ精密に入社、生産管理や営業職を歴任し、2001年社長に就任。50人規模から200人規模の企業に成長させた。著書に「ヒューマシン・ カンパニー」(ダイヤモンド社 )