2023.04.21
連載企画「総合診療かかりつけ医」が患者を救う
第6回 医療が進歩した今こそ、「なんでも診る」が命を救う

診療かかりつけ医が増え、地域のみなさんが「なにかあったらここ」と自分のかかりつけ医を決めて受診できるようになれば、今回のコロナ禍のような有事でも「かかりつけ医が分からない」「かかりつけ医だと思っていたのに受診できず、ワクチンも拒否された」といった混乱は避けられます。そして、一人の患者があちらこちらと複数の医療機関をやたらに受診することもなくなり、医療費を含む医療資源も無駄がなくなるはずです。なにより、たらい回しや原因不明のまま対症療法だけが行われるリスクも減り、命が守られるのです。
医療の進歩は人々に、多くの恩恵をもたらしています。しかしその一方、医療の細分化と専門化も進んだことにより、一人の医師が診ることのできる範囲がどんどん狭くなっているのも事実です。例えば腰部には腸や膀胱、生殖器などさまざまな臓器があり、多くの血管が通っており、もちろん筋肉や骨もありますが、消化器科は腸を診ても近くにある泌尿器や生殖器は診療の対象にならず、循環器科は血管を診ても、血管が通っている筋肉や各臓器の異常はほかへ行って、というのが普通になってしまっています。
また、日本はフリーアクセスゆえ、あちらこちらへ臓器別に受診することができるようになっていますが、ここで診てもらえるかもと訪れた医療機関が、確実に自分の抱えている症状を診てくれるところである保証はありません。なぜなら、医療の専門知識をもたない一般の方が選んでいるにすぎないからです。
さらに、人間は単なる臓器の寄せ集めではなく、臓器や組織が影響し合って発症したり症状が進んだりします。どんなにたくさんの医者にかかっていても、それらの医師が自分の専門とする臓器のことしか分からなければ、肝心の、患者の命に対して責任を負うのは誰なのかが、不明確です。まさに、患者からすると「結局、私の主治医は? 命を守ってくれるのは誰?」ということになってしまうのです。

こうした問題を解決するのが「総合診療かかりつけ医」である、と私は信じています。「なんでも診る」総合診療であれば、患者が訴えてくる症状から、可能性のある複数の疾患を臓器にとらわれず判断することが可能です。現状のように、医療の専門知識があるわけではない患者が受診先を判断するよりも、確実性の高い診察が行え原因をつきとめることが可能なのです。
もちろん、それでより専門的な診療を要する場合は、総合病院や専門医への紹介もできますので安心です。患者にとってみれば、たらい回しにされることもなく、うちではないからほかへ行って、と冷たくされることもなく、自分を苦しめる症状の原因が分かり、治癒への道筋がひらけるのですから、納得度は高いと思います。
総合診療かかりつけ医がもっと日本に増え、患者が最初にかかる医療機関として利用が進めば、国が目指している地域医療構想に基づく医療機関の役割分担も明確になり、その結果、大病院が軽症者の対応に追われ重症者を診る余裕がなくなるなどということも解決に向かうと考えます。
また、総合診療かかりつけ医がいつも、地域の患者を診ることになれば信頼関係も築きやすくなるので、一般の人が抱きがちな、病気に対する思い込みや勘違い、またメディアから得た誤った情報を正す機会も増えるかもしれません。それにより一般の方が誤った知識や情報に振り回されることがなくなるので、予防や早期発見がしやすくなる、といったメリットも考えられます。

長いお付き合いができれば、顔見知りの医師が近くにいるなら⋯⋯と、なんらかの病気で入院したとしても容体が安定すれば、できるだけ在宅へ、という流れもスムーズにいくかもしれません。入院加療が必要な状態でなければ、できるだけ家から通院したり在宅医療を受けたりして、住み慣れた地域で暮らすということが無理なくできるようになるのです。それは国の方針にもかなっています。
総合診療かかりつけ医が日本に増えることによって、もたらされると考えられる恩恵をいくつも列挙しましたが、なにより大切なのは、救える患者が増えるであろうこと。せっかく高度に発展した医療技術をもつ日本なのに、医療の「入り口」が整備されていないために、適切な治療ルートにのらず悪化させてしまうなどで救える命も救えないのは誠に遺憾です。
総合診療かかりつけ医にできるだけたくさんの医師が手を挙げ、全国に広がり、患者を適切な治療ルートへのせる役割を担い、一人でも多くの方の命を救って、みなが地域で安心して暮らせるようになることを願ってやみません。
医療法人ONE きくち総合診療クリニック
理事長
菊池大和
2004年3月福島県立医科大学医学部卒業、4月浜松医科大学医学部附属病院 初期研修医、2005年5月袋井市民病院 外科 研修医、2006年4月磐田市立総合病院 外科 後期研修医、2008年4月国立がんセンター東病院 呼吸器外科 レジデント、2009年9月湘南東部総合病院 外科 外科科長 救急センター長/湘南地区メディカルコントロール協議会登録指示医、2016年4月座間総合病院 総合診療科、2017年きくち総合診療クリニック開業 書籍「総合診療かかりつけ医」が患者を救う