2021.10.28

漆喰の魅力を世界へ 左官技術の伝承に挑む湘南の老舗 サンキホーム・木本己樹彦代表

神奈川・湘南で1930年、左官業として創業した「木本工業所」。その後、2代目により建築会社「サンキホーム」が設立され、三代目となる木本己樹彦代表取締役社長は、漆喰・左官業を後世に残すべく、世界中を飛び回って研究を重ね、独自の「鎌倉漆喰」を開発。職人の技術伝承や子どもたちへの講演活動、漆喰の素材特性を生かした新商品の開発などに取り組んでいる。漆喰・左官技術の普遍の価値を追求している木本社長に、その魅力と可能性を聞いた。

サンキホーム・木本己樹彦代表

世界を飛び回り研究

当社は、湘南の地で左官や建築などを生業に約90年の歴史を歩んできました。二代目の父が建築会社を興したころ、建築界は新建材が席巻し始めていました。早く、安く、大量に建てられる住宅には便利な塩化ビニールクロスが多用され、漆喰や左官技術は取り残されるかのようでした。

そんな中、「漆喰という素材をとことん掘り下げよう」と考えました。漆喰は古来、ヨーロッパから伝わり、神社仏閣や城の建設に用いられるなど、国内で独自の発展を遂げた自然素材です。さらに世界各国の石灰や珪藻土を調べるため原産地へと足を運びました。仕事の合間を縫って、足と手と目を使いサンプルを収集し、大学の研究室の協力も得て、素材特性の解明やコスト算出、広範囲普及などの研究に没頭しました。試行錯誤を16年間続け、「日本の漆喰の優位性」を確信するに至りました。

1990年代後半に新建材などによる「シックハウス症候群」が社会問題となりました。体や環境に良い建設素材である漆喰を世に送り出すことを使命と決意し、2005年の代表就任後、当社独自の漆喰素材「鎌倉漆喰」を開発しました。調湿や防火、高抗菌性、空気の浄化、さらには塩害(潮風)への強さなど、漆喰の利点をより一層高め、クロスの上からでも施工できる「鎌倉漆喰」は、住む人の健康と住宅の資産価値の向上に大きく貢献するものと考えています。

職人の「肌感覚」を数値化

併せて、職人技術の課題にも取り組みました。長く左官技術は閉鎖的な世界で、親方の仕事を目で盗むという技術伝承が伝統でした。そのため左官技術の価値は高いものであったのですが、仕事は職人の肌感覚に委ねられていました。

しかし、このままでは技術伝承も危うくなるため、新たな体制の構築が必要と考えました。「季節×立地×素材と水の配分」を整理し、現場で使用する漆喰の数値化に取り組み、敷地内に練習場を設けて、若手の技術向上をバックアップしました。そうすることで肌感覚ではなく、職人が技術向上に没頭できる環境を整えました。結果、若手職人が10年かけて到達してきた水準に3年で達することができ、仕上がりの均一化も実現しました。

こうした取り組みを支えたのは、左官職人たちの生活を守りたいということと、日本の左官技術を衰退させてはならないという切実な思いです。素材を練り、コテを動かすのは人の知識と技術で、左官技術はどこまでも「人の手」によってしか成し得ないものです。その技術の先には「表現」があります。例えば、夜に小さなあかりの中で漆喰の壁を眺めた時、そこに浮かび上がる陰影や温もり、クロスでは再現不可能な風合いなどを、漆喰の魅力を表現し、住む方に感じさせることができるのは職人の手による技があってこそ成しえる仕事なのです。

漆喰や左官業についての講演を依頼される機会が増えています。世界遺産である姫路城などの日本の名城は漆喰・左官技術で建てられていることや、EU産の漆喰がユーロで輸入されるという話から世界貨幣の話に発展させるなど、漆喰から紐解かれる歴史や経済などについて話すと、子どもたちは夢中になります。それはもしかしたら“知らなくても生きていけること”かもしれません。ただ、何千年と継がれ、今でも使われる漆喰・左官技術を伝えるのも面白いだろう……と考え、「世界一どうでもいい授業」と銘打ってお話ししています。また、左官技にチャレンジする漆喰塗り体験では、子どもだけでなく大人も張り切って参加してくれます。こうした体験が漆喰や左官技術を後世に伝え残してゆく機会となることを願っています。

生活の中で漆喰を身近に感じてもらうため、高級時計を納めるケースに湿気防止に敷き詰める美しい球体の漆喰や、ドアハンドルに張り付ける抗菌用のシール仕様の漆喰など、特性を生かした実用品開発にも意欲を燃やしています。海外からはアートとしての漆喰をインテリア化したいという相談が増えており、世界に通ずる“本物の凄み”を再認識しています。

さらに、2017年には米ロサンゼルスに現地法人「OW KIMOTO」を設立し、米国での販路拡大も目指しています。先代が掲げた当社の信条は「伝統技術に心を込めて、進化する住宅づくり」です。時代の移り変わりに応じて当社のアプローチの仕方も変わるでしょうが、漆喰・左官技術の普遍の価値が皆様の心と体の健康を守るものであることを信じています。

プロフィール
1965年、神奈川県藤沢市出身。1983年、(株)木本工業所入社。2005年、同社代表に就任。その後、世界各地の石灰や珪藻土など漆喰の原産地を周り、研究を積み重ねて独自の漆喰素材「鎌倉漆喰」をリリース。2008年、木本工業所代表に就任。2017年、「鎌倉漆喰」の販路を開拓のため、米ロサンゼルスに現地法人「OW KIMOTO」を設立。

サンキホーム株式会社 https://www.sankihome.co.jp/