2022.12.20

富裕層が注目するメタバースの現在地。

Facebookが社名を「Meta(メタ)」に改名したのは記憶に新しい。改名の理由は、新しいインターネットの姿である「メタバース」に注力する姿勢を示すためだという。オンラインゲームや投資など、海外では一足先にメタバースへの取り組みが加速している。世界に冠たる企業が注力するメタバースには、どのような魅力やメリットがあるのだろうか。メタバースの概念は実は古くからあるものだ。まずは過去の事例を紐解きながら、メタバースの現在地を確認したい。

富裕層へ向けたメタバース投資

2022年4月、英国のメガバンクであるHSBCは、メタバース(巨大仮想空間)で投資するポートフォリオを設定したと発表した。メタバースでは、アクシー・インフィニティ(AXS)、ザ・サンドボックス(SAND)、ディセントランド(MANA)などが有名だが、HSBCが参入したのは、ザ・サンドボックス。仮想通貨の「ブロックチェーン技術」をベースに開発された「NFTゲーム」を提供しているサービスだ。HSBCは2022年3月、スポーツやeスポーツ、ゲームのファンと交流するために同メタバースの仮想土地を購入した。対象となる顧客は、アジアの富裕層や超富裕層の認定投資家顧客。インフラ、コンピューティング、仮想化、体験と発見、インターフェースの5分野に特化して運用を行っていくという。今後、メタバースには、富裕層の注目がさらに集まりそうな予感だ。

そもそもメタバースとは

メタバースとは、現実世界にありながら、仮想世界を楽しめる空間を指す。自身の分身となるアバターを作成し、必要に応じ、VRゴーグルなどのデバイスも装着、仮想世界での時間を過ごす。具体的な利用例として、オンラインゲームのほか、バーチャルライブ、オンライン会議などがある。メールやチャットツールなどと違うのは、同じ空間・時間を共有している「共感覚」がある点だ。現実世界でのコミュニケーションに近いため、現実感覚がより強い体験を複数で共有することができる。もちろん、これまでのオンラインでの接触同様、移動時間の短縮や感染症対策といったメリットもある。ビジネス面でも、仮想世界で顧客と対面し、価格や条件の交渉が可能になる利点がある。

また、ブロックチェーン技術とも親和性があるため、デジタルデータを代替性のない資産として扱えるようになり、仮想空間内で新たな価値の創造やビジネスを生みだすことも可能だ。冒頭でご紹介したメタバース投資も新たなビジネスの形の一つといえる。

日産自動車は5月20日、発表されたばかりの新型軽電気自動車『サクラ』をメタバース上でお披露目した。

1995年からあった仮想現実世界

こうした仮想現実世界の構築は今に始まったことではない。1995年には既に、三井物産がキュリオシティという仮想現実をCD-ROM の定期刊行物として展開していた。また、2000年代に入ると仮想世界「Second Life」が注目を集めた。現在ではビットコインをはじめとする仮想通貨が話題になっているが、Second Life内では、専用の通貨が発行され、両替所で本物のドルと交換もできた。リアルマネートレードが実装されており、バーチャル空間上でアバター向けの衣服や土地などの売買も可能だったという。ただ単に遊戯の場としてだけでなく、ビジネスで収益をあげる場としても機能していたのである。日本でも大手広告代理店や各企業が参入したほか、洋服の販売や音楽の演奏など、個人のクリエイターが収益を上げることもできた。

しかし、Second Lifeのブームは長くは続かなかった。仮想世界を利用するためには、グラフィックボード搭載のパソコンなど、ある程度の設備が必要だったためだ。携帯電話が主流だった当時では、一般的な参加は難しい状況だったと言える。そして日本でのブームは一過性のものとなった。ただ、Second Lifeは2022年現在でもサービスが存続しており、各コミュニティでイベント会場やコミュニケーションスペースとして利用されている。

市場拡大の鍵は?

経済産業省では、2020年12月~2021年3月にかけ、「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」を実施。今後の仮想空間市場の展望と課題をまとめた。報告書の中では、法整備やガイドラインの必要性に触れた上で、現在の仮想空間市場は一部のユーザが利用している段階であり、市場を拡大するためには一般消費者を集めることが重要と指摘している。市場拡大のための主要課題として、VRデバイスの普及やデバイスの普及を促すようなキラーコンテンツの存在も不可欠としている。

仮想現実は、離れた人とコミュニケーションをとれることがメリットの一つだ。また、それ以外にも違った世界を体験できる、別な自分になれるといった醍醐味もある。あつまれどうぶつの森や、オンラインゲームに興じる人が多いことからも、そうしたニーズが隠れていることがわかる。Second Lifeで、アバター向けの衣装が商品として成立したのも、そうした背景があるからなのだろう。仮想現実の中で「この体験がしたい」という理由をどのように作り出していくか。そうした点も今後の市場拡大に向けた大切な鍵となるのではないだろうか。

ガンダムメタバースプロジェクトのイメージ画像(出所:バンダイナムコエンターテインメント)

現実とのリンクが、仮想現実を身近なものに

メタバースへの認知が進む中、企業や大学でも新たな動きが起こりつつある。2022年7月には、東京大学がメタバース上で工学分野の教育プログラムを提供する「メタバース工学部」を設立すると発表した。学内外の学生のほか、中高生や保護者、社会人らも対象にした取組みだ。ほかにも、バンダイナムコグループによる「ガンダムメタバースプロジェクト」、日産によるメタバース上での新車試乗、伊勢丹新宿店によるスマホに対応したメタバースなど、各業界で挑戦的で興味深い試みがなされている。国内でのメタバース普及には、各方面によるこうした地道な活動も大切だ。認知度が高まることで、参加者の増加と仮想世界の活性化が見込めるからだ。

ゲームやスマホの普及もあり、リアルと仮想の境界は、確実に少なくなりつつあると言える。スマートフォンや5G通信の普及、ブロックチェーンなどテクノロジーの進歩も追い風になっていくだろう。SNSとの連携で、幅広い年代へのアピールも可能だ。今後、現実とリンクし、仮想現実がどのように進化していくのか、その未来の行く末が楽しみで仕方ない。