2022.10.12

宇都宮ブレックス プロバスケットボール選手 田臥勇太

田臥勇太選手と言えば、スラムダンクさながら日本のバスケットボール人気と期待を一身に背負った開拓者である。その彼ももう41歳、栃木ブレックスから含めると宇都宮ブレックスでのプレーも15シーズン目となる。それでも「今が一番楽しくて仕方がない」と語る彼の視野は、コートを越え、宇都宮という街にまで届いている。コロナというハーフタイムを終えて次なるクォーターに臨む田臥選手のリスタートを聞いた。

縦で繋がる組織より、横で繋がる組織の中で。

――長くプロスポーツの中で生きてこられた田臥選手に組織論を伺いたいと思っています。プロ選手とはチームの一員ではありますが、やはり個より組織を優先させていく感覚は強いのでしょうか。

当たり前のことではありますが、どちらが欠けてもチームは成立しません。僕の場合は仕事なので、もちろん自分のためにバスケットをやっている部分もあります。でも、それがチームのためであることが前提で、それによってチームが個人への期待と責任を与えてくれる。この信頼関係とバランスが大事だと今改めて思っています。20年近くプロとしてバスケットをやれている中で、いろんな人との出会いや経験から感じ、そして考える機会を与えてくれているのがチームだと思いますね。

――プレーヤーとしてのわがままは封印しているということでしょうか?

わがままを無くすのとはニュアンスが違っていて、それよりもコミュニケーションをとって、お互いを尊重し、より良いものを一緒に作っていく、そのプロセスをいかに大事にできるかですね。バスケットボールはシーズン制なので、目標があって毎年そこへ向かってチャレンジしていきます。その中で毎年チャレンジの中身が違うんです。プレーだけとっても選手それぞれに違うだろうし、スタッフやフロントでも違う、関わる全員が違うと思うんです。その違うこと、つまり感じたことを主張するのは大事なことだと思っています。僕の場合はキャリアを重ねて、わがままを捨てたと言われたら、だんだんとそれに近くなっている感じはします。でも決して悪い意味ではなく、より良くするために今削れるものは削る、その作業の必要性と楽しさを40代になって勉強しているところです。

――企業に例えると上と下をつなぐリエゾン的な役割ということでしょうか。

上下というよりは、僕のイメージでは組織に関わる人が全員同じフロアにいる、そんな感覚を持っています。僕は組織だからといって縦関係である必要はないと思っているんです。リスペクトは必要ですが、いかに風通しよく互いを尊重し合って、思っていることを言う。それを積み重ねていくことが結果に繋がるのだと思います。組織とは、横のつながりが強ければ強いほど、もっと言えば手を取り合えれば取り合えるほど、勝っても負けても一歩ずつ進んでいる満足感、やりがいを感じられるものです。トップダウンより横のつながりの方が難しいからこそ、そこに楽しさを感じていますし、人間臭い方が楽しく思うようになってきたのかもしれません(笑)。

――「横のつながりを大切にすること」は、企業の組織づくりにとっても重要なことですね。

僕らの場合はプレーする場所がなければ働けない職業なので、場を与えてくれるチームには歳を取れば取るほどありがたみを感じます。だからこそ全力で自分のできることに応えたい。そういう関係が構築できる組織は良くなっていくと思います。また、僕らの場合は応援してくれるファンの存在もあります。ファンにとっても魅力的な組織であれば後押ししてくださるだろうし、ファンも含めて僕の中ではひとつのチームなんです。プロスポーツとは、ある意味、究極の人間関係で成立している仕事なのかもしれませんね。

――田臥選手は宇都宮ブレックスでも学校訪問など、地域貢献活動を積極的に行なっていますね。その理由を教えてください。

アメリカでの経験が大きいですね。学校にプロ選手が来て、子どもたちが大興奮してくれる。その場からとてつもなくポジティブなエネルギーを感じました。社会貢献で本当に大きなエネルギーを与えることができるんだと知った瞬間でもあります。スポーツが人々の生活の一部隣、生きる活力になっていることを肌で感じました。でもこれは逆もまた然りで、よくスポーツ選手が子どもたちにエネルギーを与えるなんて言いますけど、僕たちの方がエネルギーをもらっています(笑)。学ぶこともたくさんありますから。なので社会貢献している、といった気持ちは全くないです。僕らも力をもらって、子どもたちも何かを感じてくれれば、お互いにとってとても良いこと。社会貢献というのは、そうした大切な何かに気づくきっかけなんだと思います。

――今号の特集では「リスタート」をテーマにしています。田臥選手にとって、今リスタートという言葉を使うなら、どんな場面で使いますか。

シーズンで戦う僕にとって、毎年がリスタートであることは間違いありません。僕はまだプレーヤーですから、一年でも長くプレーしたい。それを目標としつつ、今後は自分がプレーヤーと同じ情熱を注げることを見つけていきたいと思っています。バスケットボールに育ててもらったので、願わくばバスケに関わり続けていきたいですが、少しずつ色々な可能性を探ってみたいと思っているところです。社会貢献ももっと行なっていきたいですし、バスケットボールも含めて自分が力になれること、情熱を持てるものに関われたら嬉しい。そのためにも目の前のことに集中していくこと、今プレーヤーであることに全ての情熱を注いでいきたいと思っています。だからこそ僕にとっては毎日がリスタートですね。

――「バスケットボールはやればやるほど奥深い」と語っていましたが、今改めてその真意を聞かせてください。

なんでこのシュートが入らないんだろう?明日また入るように練習しよう。その積み重ねが今この瞬間です。それは人生もきっと同じで、失敗してもいかに前を向いて一歩を踏み出せるかどうか、歩き続けられるかどうかが大事なんだと思っています。そういう経験を毎日できていることは本当にありがたいことですし、これからも真摯にバスケットボールに向き合っていきたいですね。

転載元:Qualitas(クオリタス)

宇都宮ブレックス

プロバスケットボール選手

1980年10月5日、神奈川県生まれ。バスケットボールの名門校・秋田県能代工業高校で3年連続高校3大タイトルを制し、史上初の9冠を達成。2002年、スーパーリーグ・トヨタ自動車アルバルク入団。初年度からレギュラーとして活躍し、新人王獲得。2003年、米NBAに挑戦。2004年、フェニックス・サンズと契約し、日本人初のNBAプレーヤーに。LAクリッパーズ、デベロップメントリーグのアナハイム・アーセナルなどでプレー。2008年、栃木ブレックス(現・宇都宮ブレックス)入団。