2022.07.22

宇宙開発という名の継承。 

1950年代から始まった米ソの取り組みをきっかけに、世界では宇宙開発が続けられてきた。ロケット開発から有人宇宙飛行、国際宇宙ステーションへと宇宙への進出は着実に前へと進んでいる。開発のすそ野も広がり、欧州や日本などのほか、民間企業も参入を開始している現状だ。長期スパンの想定が不可欠な宇宙開発には、技術の継承とともに国家間や民間との協力体制なども重要な活動の一つ。我が国も含めた宇宙への歴史を振り返りつつ、今後の宇宙開発継承について独自の視点から考察してみたい。

アポロ16号のミッションの様子 Credit : NASA

冷戦時代に幕を開けた宇宙開発

宇宙開発が本格化したのは1950年代、東西冷戦の頃だ。この時代の宇宙開発はアメリカとソビエト連邦2つの大国によって行われ、「宇宙開発競争」とも表現される。開発当初は人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ、有人宇宙飛行士の宇宙滞在など、ソ連が宇宙開発をリード。それを追ったアメリカは、1969年にアポロ計画により月への有人宇宙飛行・着陸を成し遂げた。その後も1970年代に火星探査ミッション「バイキング計画」、宇宙ステーション「スカイラブ計画」を成功させるなど、アメリカによる宇宙開発が目立っていった。有人輸送機器「スペースシャトル」の開発・運用をすすめた同時期、2大国の威信を賭けた競争により宇宙開発の基礎ができたといえよう。

国際競争から協調へ

米ソの緊張緩和が進むとともに、宇宙開発の様相も変化を見せ始める。アポロ宇宙船とソユーズ宇宙船のドッキング計画「アポロ・ソユーズテスト計画」が行われ、欧州各国、中国、インド、日本といった各国でも宇宙開発の萌芽が芽吹いた。宇宙開発も競争から協調の時代へと入ったのである。開発の中心となったのは、宇宙ステーションや人工衛星の打ち上げ・運用だ。特に人工衛星は軍事的・商業的にもメリットがあり、各国が打ち上げを行った。2020年時点での人工衛星、宇宙船などの打ち上げ数は総計9,500回あまりにのぼる。

また近年の宇宙開発で注目を集めたのは、民間企業の参入だろう。国内外の各社が宇宙ビジネスに進出し、宇宙をより一層身近なものにしていった。人工衛星の打ち上げなど民間企業の存在は、宇宙開発の一翼を担う存在となりつつある。

日本の宇宙開発

日本が宇宙開発を開始したのは1950年代のこと。ペンシルサイズから始まったロケット開発は、はやぶさを宇宙へ送り出した「M-Vロケット」で全長30メートル以上に達した。日本は、ソ・米・仏に次ぎ、世界で4番目の人工衛星自力打ち上げ国となり、ハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」、気象観測衛星など、これまでに260余りの人工衛星を宇宙へ送り出している。衛星の打ち上げと共に日本が挑んでいるのが、小惑星探査や惑星の観測ミッションだ。小惑星イトカワからサンプルを持ち帰った「はやぶさ」は大きな話題となった。その後も、はやぶさ2による小惑星探査、深宇宙探査技術実証機DESTINY⁺による小惑星フェートンの探査、水星探査機「BepiColombo」(ベピコロンボ)による1年間の長期観測と、さまざまな計画が今なお進行中だ。

次世代へつなぎ、新たなステージへ

アメリカは、2022年以降再び月に人類を送る有人宇宙飛行「アルテミス計画」を進行中。2040年までには有人火星探査を行うとしている。ただ、こうした宇宙開発ミッションは準備も含め長期間にわたることが多い。日本のはやぶさ2であれば、打ち上げから帰還まで6年、ベピコロンボの場合は到着まで7年以上の期間が必要となる。その顕著な例が1977年に開始されたボイジャー計画だ。宇宙探査を目的とし打ち上げられたボイジャー1号・2号はこれまで、木星の衛星「イオ」に火山活動の発見、土星や海王星の撮影など数々の偉業を成し遂げたのだが、2機とも人類発となる太陽圏を超えた星間空間へと進出を果たし、現在も航行中である。ミッションスタートからは45年が経過している。

現在、地球の軌道上には、ISS(国際宇宙ステーション)が周回している。国際連携プロジェクトとして進行中で、 NASA、ロスコスモス、JAXA、ESA、CSAの5つの宇宙機関が活動中だ。地球上にはまだ紛争の種は尽きない。しかし、宇宙という一つの目標を目指せば、世代や国を超えて継続することも可能だろう。冷戦後の米ソが歩んだように、世界が争いを超え、協力してよりよい方向に舵を切ってほしいものである。

転載元:Qualitas(クオリタス)