2023.04.06

危険にさらされている世界遺産「危機遺産」

2021年、全世界では1,154件の世界遺産が登録されている。しかし、その陰に「危機遺産」というものが存在するのをご存じだろうか。危機遺産とは世界遺産に登録されたにもかかわらず、戦争や開発などで存続が危ぶまれる文化財や自然のことである。危機遺産に登録後、世界遺産から抹消されたものがある一方で、危険な状態を解消した例も存在する。世界情勢はいつ不安定になるか先行きは見えない。リスク管理のためにも、危機遺産の現状について追ってみたい。

世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から現在へと引き継がれてきたかけがえのない宝物。今日を生きる世界の人たちが共有し、未来の世代に引き継いでいくべき貴重な遺産だ。1972年、第17回UNESCO総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(通称:世界遺産条約)は、世界遺産を人類共通の遺産として保護、保全していくために、国際的な協力及び援助の体制を確立することを目的に制定されている。

危機遺産とは

ユネスコは、世界遺産に登録されている遺産群のうち、武力紛争、自然災害、大規模工事、都市開発、観光開発、商業的密猟などが原因で、深刻な危機に直面しているものを、「危機にさらされている世界遺産=危機遺産リスト」として登録している。2022年3月現在、危機遺産リストに登録されている自然遺産・文化遺産は53カ所。

リストには、ヴィルンガ国立公園((コンゴ民主共和国)、アブ・メナ(エジプト共和国)、古都ダマスクス(シリア・アラブ共和国)エヴァグレーズ国立公園(アメリカ合衆国)など、世界遺産初期に登録されたものも多い。リビアやアフガニスタン・イスラム共和国、パレスチナ自治政府など紛争が続く地域の危機遺産登録も目をひく。また、2022年3月にはユネスコの事務総長が、軍事問題が発生したウクライナの文化遺産について言及し、保護を求める表明を出している。世界遺産の危機は、いつ起こるか分からないのだ。

登録抹消された世界遺産

世界遺産として認定されながら、登録を抹消された遺産が存在する。大英帝国の繁栄を伝えてきたイギリスの世界遺産「海商都市リヴァプール」、ドイツ東部に位置する「ドレスデン・エルベ渓谷」、オマーンの自然世界遺産「アラビアオリックスの保護区」の3件だ。いずれも地域の開発計画が原因だ。危機遺産リストに登録されることは、世界遺産としての価値が失われつつあることを意味する。状況が改善されず、世界遺産としての価値が失われたとユネスコに判断されると、登録が抹消される可能性もある。

危機遺産からの回復も

一方、危機遺産から回復した例も存在する。カンボジア王国の世界遺産、クメール王朝の遺跡「アンコール」である。アンコール・トムやアンコール・ワットで知られるこの遺跡は、1992年に世界遺産登録と同時に危機遺産リストにも登録された。しかし、フランスのほか、日本政府のユネスコ信託基金、上智大学アンコール遺跡国際調査団の協力により、2004年に危機遺産から解除された。2021年には、カンボジアで学ぶ子どもたちが世界遺産学習のために訪問できるまでに回復している。危機遺産リストは世界遺産を抹消するためのものではない。将来の危険性を知らせ、より良い形で後世に伝えるためのものだ。

未来への遺産継承

過去からの遺産の継承に関しては、日本でも同様の課題がある。過疎化や少子高齢化の波が、民俗芸能や祭事、伝統的な町並み、里地・里山といった過去からの遺産を押し流しつつある。そこで、日本ユネスコ協会連盟が行っているのが「未来遺産運動」だ。市民が取り組む文化や自然の保護・継承のための活動に焦点をあて、「プロジェクト未来遺産」としてリスト化し、100年後の子どもへ伝えることを目的としている。その根底にあるのは「教育」への思いだ。教育こそが人の心に砦を築き、貧困を断ち切り、公正で平和な社会を作るからだ。これは、世界遺産に維持・継承にも通じる考えでもあるだろう。

世界遺産活動や未来遺産運動、こうした活動が実を結び、次世代により良い社会を渡せることを願ってやまない。

転載元:Qualitas(クオリタス)