2022.09.30
全ての人を受け入れる歯科治療の「最後のとりで」でありたい
埼玉県所沢市の奥原歯科医院は20年前から、訪問歯科診療を続けている。奥原利樹理事長は、さまざまな事情で歯科治療を受ける機会を持てなかった人々が、歯科治療を受ける機会を提供し、同院が「歯科治療の最後のとりで」であり続けることが信念だという。奥原理事長に思いを聞いた。

20年続く訪問診療
コンビニエンスストアより多いとされる歯科医院ですが、診療内容はそれぞれの医院で全く違います。当院では開院以来20年以上にわたって、赤ちゃんからお年寄りまで、一般的な歯科治療と訪問診療を並行して行っています。超高齢化社会を迎え、来院できない人が増えるので、訪問診療が絶対に必要だと、開院当初から考えていました。訪問診療を始めるために、市役所に介護保険について相談をしに行ったときに、「介護保険を勉強したいという歯科医は奥原さんが初めてです」と言われたことをよく覚えています。そのくらい、当時は歯科医師の訪問診療は珍しいものでした。
当院では、高齢者や障害者、過去に歯科医院で嫌な思いをして歯科恐怖症になってしまった方たちに、共感して寄り添う治療を行っていきます。別の歯科医院から、治療をするのが難しいとされた方も受け入れています。もしここで私が治療を投げてしまったら、他に診る歯科医がいなくなってしまうので、「ここが最後のとりで」だという覚悟で、日々根気強く治療しています。来る人を拒まず、全て受け入れるのが、当院の役割だと信じています。

地域で安心して歯科医療を
このような方針を取るようになったのは、広島大学病院の研修医時代の経験が原点となっています。当時、その大学病院が障害者の歯科治療に注力し始めた時期で、私も自然と障害者やその家族とふれあうようになりました。治療室には、島根県など他県から県境を越えて通ってくる患者も多かったのですが、大声を上げたり、じっとしていられなかったりして、バスや電車などの公共交通機関での移動が難しく、自家用車でしか移動ができないので、何時間もかけて家族ぐるみで来院する患者が多かったのです。たった数十分の治療のために、そんなに時間と労力をかけているのを見て、それぞれ地域に障害者のことを理解して、治療をしてくれる歯科医がいれば、こんな遠いところまで来る必要はないかと思いました。
そして、障害者など治療を受けるのが難しい患者が、地域で安心して歯科治療を受けられる場所を作りたいという思いが膨らみ、来る人を拒まずに全て受け入れて医療を提供すべく、当院を開院したのです。

地域の人が集う福祉マーケットを開催
当院では、近隣の就労支援施設が集まって、障害者が作業所で作っている食品や小物などを販売して、地域の方に楽しんでもらう福祉マーケットを主催しています。診療する中で、障害者の働く場所や、作業所で作ったものを販売する場所がないという声をたくさん耳にしてきました。わずか時給200円でしか働けないということなので、せめて販売する場所くらいは作ってあげたいと思い、福祉マーケットをスタートしました。少しでも収益が上がり、障害者の収入ややりがいに結び付いたらいいなと思います。福祉マーケットを開くと、大人も子供も、障害がある方もない方も、同じ公園に集まって、思い思いに楽しんでいて、その様子を見るとうれしくなります。自分たちが楽しんで活動を続けていきたいですし、皆さんにも楽しんで参加してもらえればいいなと思っています。
私にとって仕事とは、続けることによってその意義が見えてくるものだと思っています。自分の仕事が天職だと自信を持って言えることは、ずっとその仕事を続けてきたからこそ言える”傷だらけの勲章”なのではないでしょうか。社会の中で見過ごされがちなことに向き合い、一つ一つ積み重ねていくことが、私にとって一生を懸ける仕事です。これからも歯医者に通えない方や、歯科恐怖症になった方のために、最後のとりでとして、来る人は拒まずに、地域の中で力を尽くしていきます。
奥原歯科医院
理事長
奥原利樹
1963年、長野県生まれ。広島大学歯学部卒業。 1996年奥原歯科医院を開設し、 2002年医療法人社団光志会奥原歯科医院を設立。2005年には介護支援専門員として登録され、2007年自社ビルに移転。福祉マーケットの主催や子ども食堂の実施など、地域貢献活動に力を入れている。
https://koushikai17.or.jp/